
動く標的:変化が続くサステナブル投資規制環境
要旨
拡大し続けるサステナブル投資規制の中で投資家が迷うことなく進むには、一歩下がって様々な規制活動の目的や意図について熟考することが役立つでしょう。金融市場規制の複雑さを単純化しすぎずに言い換えると、多くの規制当局にとって最大の関心は、市場に対する投資家の信頼を損なうことなく、金融市場がサステナブル投資などの新たな動きに確実に対応できるようにすることです。この点、サステナブル投資は様々な意味で懸念要因となり得ます。
投資家が十分な情報に基づいた投資判断を行う能力 - サステナビリティ(持続可能性)を巡る課題は複雑で、共通理解に欠けるため、投資家が投資商品を理解または比較できない可能性があります。その結果、投資家が十分な情報を得た上で投資判断を行う能力が損なわれかねません。また、商品の認証について、誤った、または根拠のない主張が行われるリスク(「グリーンウォッシング」など)も生じます。
システミック・リスク - 例えば、気候変動のようなサステナビリティを巡る課題の多くは、構造的な変化を生じさせる可能性もあります。そうした変化による経済的影響の理解や定量化はまだ難しく、その影響が生じるのはずっと先のことになりますが、それでも金融システム全体に重大な影響を与えかねません。
投資家にとっての費用対効果- サステナブル投資商品の普及は、資産運用に要する費用と運用成績(パフォーマンス)の両面から、そうした商品が投資家にどの程度の価値をもたらすかという問題も提起しています。
このような背景を踏まえ、本レポートでは、資産運用業界におけるこれらの課題への対応を目的としたサステナビリティ関連規制の最近の動向をまとめるとともに、投資家の理解と意思決定をサポートするための標準化と市場の透明性、業界の強靭性(レジリエンス)の監視と維持のための措置、投資家の費用対効果などを中心、規制当局の取り組みの主な進展を取り上げます。この調査は、欧州連合(EU)、英国、米国、オーストラリア、シンガポール、香港、日本を対象にしています。
標準化と市場の透明性
定義 - 規制当局はサステナブルな経済活動やサステナブル投資ファンドについて独自の定義(「分類(タクソノミー)」)をするようになってきています。
開示(ディスクロージャー) - 最終投資家に対してより多くのデータを提供するための要件も増えています。サステナビリティ関連の開示要件の複雑さや深度は国や地域によって異なりますが、EUなどの最も厳格な体制では、炭素排出量などの具体的な指標も含まれます。気候関連財務情報開示タスクフォース(TCFD)や国際サステナビリティ基準審議会(ISSB)といった業界主導の開示イニシアチブも広く支持されており、英国と香港ではTCFDに沿った開示が義務付けられ、オーストラリアとシンガポールでは自主的なTCFD報告を奨励しています。
また、以下のように商品固有の標準化やラベルなどの整備も進展、開発中のものも見られます。
- 投資商品のサステナビリティ・ラベル – EUと英国で開発中
- サステナビリティ・リンク・ボンド – 日本、香港、EUで既にガイダンスが存在、または開発中
- サステナビリティ関連データの品質と入手可能性 – 日本、香港、EUの規制当局は情報提供業者を監視対象とするか、指針を発行する方法を検討中
業界の強靭性
ESG/サステナビリティのガバナンスは規制当局にとって優先度が高まりつつあります。しかし、実際のところはそのほとんどが、組織的な気候リスク管理やサステナビリティ懸念を組織的に統合するための明確な期待値の設定に限定されています。
気候変動関連の投資リスクは現在、今回のレビュー対象の国や地域のほとんどで規制当局によって認識されており、規制当局は気候変動リスクの開示を義務付け、投資業界に対してシナリオ分析かストレス・テスト(健全性審査)を実施することを計画中です。EU (また英国もある程度)はサステナビリティのリスクと影響を全面的に考慮するという点で、他の国や地域と一線を画しています。
投資家にとっての費用対効果
金融規制当局はまだ、サステナブル投資商品の費用と相対的な運用実績(パフォーマンス)に広く対応しているわけではありませんが、市場分析やモニタリングといった形でいくつかの規制措置が存在します(例えば、こうした懸念はESMA、FCA、金融庁が公開する市場レビューの一部となっています)。
その他
規制当局は引き続き、サステナブル投資という観点からインベストメント・スチュワードシップに焦点を当てています。英国、シンガポール、日本のスチュワードシップ・コードは、近年見直され、更新されています。
また、規制当局は、マルチステークホルダー(複数の利害関係者)との協働イニシアチブや研修、資格認定プログラムを通じて、自らのリソースだけでなく金融業界全体におけるサステナビリティ関連のスキルアップと知識の蓄積に積極的に取り組んでいます。